(編集中)

もぐさ観音は、妙高市下平丸に祀られている観世音菩薩で、もぐさ(よもぎ)の名前がつけられています。
毎年、4月18日に行わていたもぐさ観音の祭りは、◯年頃から近い土日に変更され、地域の方によって行われています。

もぐさ観音像

もぐさ観音像

もぐさ観音のいわれについて

管理をされている石田さんの資料をもとに、もぐさ観音のいわれにを要約しました。

kaisetusyo.jpg  解説の要約

原本(左)と 要約(右)

『下平丸「もぐさ観音」について』の要旨(平成30年4月15日、高源院の前住職による概要)

1.天文3年(西暦1534年)に、滋賀県長浜市石田町辺りの男が、「観世音菩薩像を高源院(飯山市)に置いて欲しい、後に子孫が現れたら渡して欲しい」と住職に依頼した。像は、慧慈(えじ・朝鮮の僧侶)が聖徳太子に授けたものである。

2.慶長10年(西暦1605年)に、石田大炊之助(おおいのすけ)が寺に現れ、先祖が奉納した像を拝借し、平丸にお堂を建て安置したいと申し出る。住職(寿貫)は承諾するが、翌年より体調不要になり、像を送り出したたたりかと思い、平丸へ出かけようと考える。そこへ老僧が現れ、住職の労をいたわると体調が戻る。

3.71年目に子孫が高源院を訪れ、「これからはお互いに行き来し、観音様を信仰しましょう」と約束し、縁起書をしたためた。その縁起書を文政2年(西暦1819)年に当時の住職が書き写し、石田伊右衞門に授けた。

縁起書について

高源院所有の巻物の写しを撮影、合成したものです。(クリックして拡大)

高源院 もぐさ観音縁起書

令和4年4月17日(日)のもぐさ観音祭の様子

16日(土)・17日(日)がご開帳でした。

もぐさ観音 御御堂

もぐさ観音堂

もぐさ観音

新井市の頃に市内の学校で作った「かるた」の「もぐさ観音」

新井かるた もぐさ観音

もぐさ観音の位置

その他の資料